「忘れられる」権利に関する考察

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(この記事は、弁護士法人法律事務所オーセンスより提供されています)

近時、個人情報等を扱う検索エンジン事業者はもとより、その他何等かのインターネットメディアにおいて、個人情報等を扱う多くの企業の法務部にとって、頭の痛い問題は、個人名を含めたネット記事等で削除要請等がなされた場合に、これにどう対応すればよいのかという点ではないでしょうか。そして、近時記事削除に関して非常にホットな話題は、日本でも「忘れられる権利」が確立するかという点ではないでしょうか。
そこで、今回は、わが国における「忘れられる権利」をめぐる現状と課題、そして、企業が参考にすべき、記事削除要請の判断基準等をテーマにしたいと思います。

Q
ところで「忘れられる権利」とはどのような権利をいうのでしょうか。

A
いわゆる「忘れられる権利」(”the right to be forgotten”)とは、通常、インターネット上の個人情報について、データ主体が、データ管理者(検索エンジン事業者等)に対して、検索結果からの削除を求めることを指しています。
ここにいうデータ主体とは、識別された又は識別され得る自然人をいい(EUデータ保護指令第2条(a))、この議論においては、個人名の検索により、自らの情報を含むデータへのリンクが表示されるその個人を指しています。
なお、欧州では、2016年4月14日に欧州議会が、EU理事会で合意されたEUデータ保護規則案について最終承認をしたため、2016年5月24日に発効したEU一般データ保護規則(”General Data Protection Regulation”,略してGDPR)において、「忘れられる権利」(right to be forgotten)が明記されるに至りました。

Q
近時、欧州において、2016年5月24日―EU一般データ保護規則(GDPR)が発効されたことが新聞記事になりましたが、このような忘れられる権利が欧州において確立されたことは日本企業や我が国の裁判にとってどのような影響があるのでしょうか。


上記GDPRには、「忘れられる権利」(right to be forgotten)が明文化されています。その内容として、一定の場合には個人データの管理者はその消去義務を負うこと、righttobeforgotten5表現の自由の行使に必要な場合などにおいては上記消去義務を免れること、などが定められています(GDPR第17条等)。
そして、管理者が上記消去義務を怠った場合、最大20,000,000ユーロ、または、前会計年度の全世界年間売上高の最大4%の、いずれか高い方が制裁金として科されることになります(GDPR第83条第5項⒝)。
なお、GDPRは、①EU内の自然人に対し商品・サービスを提供する者(無償含む)又は②EU内の自然人の行動をモニタリングする者は、EU域外の法人でも、EU内の自然人のパーソナルデータの取扱いにつきGDPRの適用を受ける、とされており、EU域内に拠点のある管理者の事業所の活動に関してなされる個人データの取扱いがなされるのがEU域内か域外かは関係ありません。
したがって、EUに拠点のある企業がGDPRの適用を受けることはもちろんですが、EUに拠点を持たない企業であっても、EU居住者に商品等を提供する等上記要件をみたす場合などにはGDPRの適用を受けることになります。そうすると、GDPRの適用が始まる2018年5月25日以降は、日本の企業も個人データの取扱いについてGDPRに従わなければならない場面が出てきますので、その意味では我が国の企業にも影響があります。
また、わが国の裁判においても、欧州での事例が主張の根拠とされうるという意味でその影響は少なくないと思われます。

Q
日本の裁判における「忘れられる権利」の法的な位置づけはどのようなものになっているのでしょうか。

A
まず、日本における、これまでのインターネット上の個人情報・利用者情報等の削除等についての取り組みとしては、具体的には、プライバシー侵害又は名誉毀損があった場合には、損害賠償請求や、妨害排除請求又は妨害予防請求として削除等の請求を行うことは可能だと考えられています。また、これまでの判例においても、主として検索エンジン事業者に対して検索結果の削除を求める民事裁判が複数件提起されています。なお、名誉権やプライバシー権の侵害を理由にインターネット上の情報の削除を請求する場合の訴訟物は、人格権に基づく妨害排除請求権としての削除請求権であるとされています。
また、このプライバシー侵害や名誉毀損に関しては判例の蓄積があり、インターネット上の情報についてプライバシー侵害や名誉毀損が問題となった事案においても、判例を踏まえた判断がなされているものと考えられています。判断の手法としても、従来のメディアに対する判断基準(比較衡量的アプローチ)が踏襲され、ネットの特殊性とか検索エンジンの特質についてはそれほど顧慮されていないと考えられています。
実際、「人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に,「忘れられる権利」を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権として差止請求権の存否について独立して判断する必要はない。」とした裁判例もあります(東京高決平成28年7月12日)。

Q
日本における個人名が記載された記事削除等についての判断基準としての法制度は整備されているのでしょうか。企業の法務部等が記事削除の判断基準の参考となるガイドライン等はあるのでしょうか。

A
まず、プロバイダ責任制限法では、プロバイダ等が免責される場合を明確化し、righttobeforgotten2プロバイダ等の削除対応を容易にし、被権利侵害者の救済を間接的に実現するとともに、発信者の表現の自由とのバランスを保つように設計されております。そしてプロバイダ責任制限法には、プロバイダ責任制限法関係ガイドラインがあります。
このガイドラインには具体的にどのような場合にプライバシー侵害、名誉毀損と認められるかの例示や削除等の対応手順について説明されているものです。
そのほかにも民間の各種業界団体によって構成される「違法情報等対応連絡会」により、平成18年にモデル約款(「違法・有害情報への対応等に関する契約約款モデル条項」)が作成され、随時改訂がなされています。
当該モデル約款は、プロバイダ等により、個人の権利を侵害する情報を含め、違法・有害情報の円滑な削除等を推進するため、各プロバイダ等が自らの提供するサービスの内容に応じてモデル約款の条項を契約約款等に採用することを目的として作成されたものです。
各プロバイダ等は、当該モデル約款を参照しつつ、自らのサービス内容に応じて、削除等の対象となる違法・有害情報を自らの契約約款等に列挙することにより、削除等における契約上の根拠とし、違法・有害情報の円滑な削除等を実現しています。
ただし、総務省において、平成22年9月に「プロバイダ責任制限法検証WG(ワーキンググループ)」が設置され、プロバイダ等における権利侵害情報の削除等の作為義務が生じる範囲の明確化や作為義務を生じさせる規定の創設等についての検証も行われ、平成23年6月の同WG(ワーキンググループ)の提言においては、作為義務の明確化については、作為義務が生じる場合について法律上明確化することは困難であること、民間団体におけるプロバイダ責任制限法関係ガイドラインがおおむね適正に運用されていることから法律上明確化は必要ないとされました。また、作為義務の創設については、立法技術上の問題があること、表現の自由に対する懸念もあること等から困難であると考えられるとされました。
したがって、法制度や各種ガイドライン等はあるものの、プロバイダ責任制限法がありますが、それだけでは個人情報の保護として、個人または削除要請される企業双方にとって十分な判断基準を提示しているとはいえず、よって「忘れられた権利」の法理論が必要とされております。

Q
最近の日本における「忘れられる権利」が問題となった判例はどのようなものだったのでしょうか。

A
①「Yahoo! JAPAN」に対する請求がなされた事件
Yの運営するウェブサイト「Yahoo! JAPAN」でXの氏名を検索するとXの逮捕に関する事実が表示されるところ、これによりXの名誉毀損およびプライバシー侵害が行われているとして、損害賠償および表示の差止めが求められた。まず、この請求に対して、京都地判平成26年8月7日は、Yが本件検索結果の表示によって摘示する事実は、検索ワードであるXの氏名が含まれている複数のウェブサイトの存在及び所在(URL)並びに当該サイトの記載内容の一部という事実であって、Yがスニペット部分の表示に含まれている本件逮捕事実自体を摘示しているとはいえない。したがって、Yが本件検索結果の表示によってXの名誉を毀損したとはいえない。仮に、Yが本件検索結果の表示をもって本件逮捕事実を摘示していると認められるとしても、又は、Yが本件検索結果の表示をもって、本件逮捕事実が記載されているリンク先サイトの存在及び所在(URL)並びにその記載内容の一部という事実を摘示したことによって、Xの社会的評価が低下すると認められるとしても、その名誉毀損については、違法性が阻却され、不法行為は成立しない。また、本件検索結果の表示によって原告の人格権が違法に侵害されているとも認められないから、本件差止請求については理由がないと判断しました。
本件は、控訴され、控訴審でも、大阪高判平成27年2月18日は、本件逮捕事実が盗撮という類型の犯罪で,社会的関心は高く,再発防止等の観点から公共の利害に関する事実に当たり,控訴人の不利益とこれを公表する理由とを比較すると,後者が前者に優越すると認められ,プライバシー侵害につき違法性が阻却され,不法行為は成立しないと判断し、請求は棄却されています。

②「Google」に対する請求がなされた事件(その1)
「Google」上で氏名を検索すると、犯罪にかかわっているかのような検索結果が多数出るため、Xがこれら投稿記事の削除を求めた。この件について、東京地決平成26年10月9日は、「侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益を比較衡量して決するべき」だという見地に立ち、請求があった237件の検索結果のうち122件について、グーグル社に削除を命ずる仮処分を決定しています。

③「Google」に対する請求がなされた事件(その2)
「Google」上で住所・氏名を入力して検索すると,Aの児童買春に係る逮捕歴が表示され,人格権を侵害されたとする債権者が,検索結果の削除を求める仮処分の申立をした事案。
について、さいたま地決平成27年6月25日は、Aの住所・氏名を入力して検索するだけで,三年余り前の逮捕歴がインターネット利用者に簡単に閲覧されてしまう状況は,社会生活の平穏を害され更正を妨げられない利益が,回復困難かつ重大な侵害のおそれがあり,受忍限度を超えた侵害と言え,保全の必要性もあるとし,申立を認容しています。
そして、どのような場合に検索結果から逮捕歴の抹消を求めることができるかについては、公的機関であっても前科に関する情報を一般に提供するような仕組みをとっていないわが国の刑事政策を踏まえつつ、インターネットが広く普及した現代社会においては、ひとたびインターネット上に情報が表示されてしまうと、その情報を抹消し、社会から忘れられることによって平穏な生活を送ることが著しく困難になっていることも、考慮して判断する必要がある。
righttobeforgotten3Aは、既に罰金刑に処せられて罪を償ってから三年余り経過した過去の児童買春の罪での逮捕歴がインターネット利用者によって簡単に閲覧されるおそれがあり、原決定理由説示のとおり、そのため知人にも逮捕歴を知られ、平穏な社会生活が著しく阻害され、更生を妨げられない利益が侵害されるおそれがあって、その不利益は回復困難かつ重大であると認められ、検索エンジンの公益性を考慮しても、更生を妨げられない利益が社会生活において受忍すべき限度を超えて侵害されていると認められるのであるとして、いずれも地裁段階では、忘れられる権利を根拠とした判断を下しております。
しかし、当該事件の〈控訴審〉においては、東京高決平成28年7月12日は、「忘れられる権利」は,…その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならない。よって,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に,「忘れられる権利」を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権として差止請求権の存否について独立して判断する必要はないとして、忘れられる権利についての判断を避けています。
そのうえで、インターネットをめぐる現代的な社会状況を考慮すると,本件において,名誉権ないしプライバシー権の侵害に基づく差止請求(本件検索結果の削除等請求)の可否を決するに当たっては,削除等を求める事項の性質(公共の利害に関わるものであるか否か等),公表の目的及びその社会的意義,差止めを求める者の社会的地位や影響力,公表により差止請求者に生じる損害発生の明白性,重大性及び回復困難性等だけでなく,インターネットという情報公表ないし伝達手段の性格や重要性,更には検索サービスの重要性等も総合考慮して決するのが相当であると解される。
本件犯行に係る事実は,相手方の品性や徳行に関するもので,それを公表することは,相手方の社会的評価を低下させるから,名誉権の侵害に当たり得るものである。また,本件検索結果は,一般の読者の普通の注意と読み方を前提にすると,それ自体(タイトル及びスニペット)から,本件犯行の内容及びその行為者が相手方であることが分かるものであり,相手方の名誉権を侵害し得るものである。しかしながら,本件犯行は,…いまだ公共の利害に関する事項であるというべきである。そして,本件犯行は真実であるし,本件検索結果の表示が公益目的でないことが明らかであるとはいえないから,名誉権の侵害に基づく差止請求は認められない。
また,…本件検索結果を削除することは,そこに表示されたリンク先のウェブページ上の本件犯行に係る記載を個別に削除するのとは異なり,当該ウェブページ全体の閲覧を極めて困難ないし事実上不可能にして多数の者の表現の自由及び知る権利を大きく侵害し得るものであること,本件犯行を知られること自体が回復不可能な損害であるとしても,そのことにより相手方に直ちに社会生活上又は私生活上の受忍限度を超える重大な支障が生じるとは認められないこと等を考慮すると,表現の自由及び知る権利の保護が優越するというべきであり,相手方のプライバシー権に基づく本件検索結果の削除等請求を認めることはできないというべきであるとして原審を覆し、請求を棄却しています。

Q
我が国の代表的検索エンジンでは、どのような基準で、記事削除を判断しているのでしょうか。

A
例えば、ヤフー株式会社は、平成26年11月に、検索サービスにおいて表現の自由や知る権利とプライバシーの保護をいかにバランスよく実現するかを検討するため、「検討結果とプライバシーに関する有識者会議」を設置し、平成27年3月30日に同会議の報告書をまとめるとともに、同日、「検索結果の非表示措置の申告を受けた場合のヤフー株式会社の対応方針について」を発表し、プライバシー侵害に基づく検索結果削除請求における削除の判断基準を公表しております(http://publicpolicy.yahoo.co.jp/2014/11/0717.html)。

Q
我が国における「忘れられる権利」等に関する今後の課題は何でしょうか。

A 現在の制度的枠組みの中で対応できる問題も多くありますが、解決することが難しい課題として、以下の問題等が指摘されています。
① 検索エンジン等で表示されるのを防ぐだけで、その他、個人情報・利用者等がネット上の多数サイトに拡散し、全てのサイトに対し、個別に削除請求をすることが極めて困難である点
② プロバイダ、SNS事業者検索事業者等の関連事業者(日本人を対象にしたサービスを提供している外国事業者も含む)において、削除等の基準や削除等の依頼方法が明らかにされていない、あるいは存在しても不明確である、利用者にとって分かりにくい場合がある点
③ 裁判手続により削除等を求める場合に時間的、経済コストが生じ、権利救済を求める 者にとって負担な場合がある点
④ 上述どおり、「忘れられる権利」自体の法律理論がまだ具体的に判例等で確立されてはいない点
⑤  日本人を対象にしたサービスを提供している外国事業者に対し、日本法の適用があるか、適用があるとしても執行がなされるのか等の適用範囲についても具体的に確立されているわけではない点
上記のような課題が現状あるとしても、将来的には、個人情報保護法等の場合と同様に、上述どおり、欧州での権利の確立を受けて、わが国でも今後、忘れられる権利が人格権あるいはプライバシー権にならぶ権利として確立、法律的に整備されていく可能性は十分にあり、企業においても削除基準やその権利を行使された場合の対応策等を備えていく必要があることは自明の理です。


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